昨日、「若草物語ナンとジョー先生」の世界線のジョーとメグに会えて思わず泣いてしまった。「私の世界線」とは少々違ってはいるけれど、2人は素敵な自慢の姉だ。
久しぶりに感じた懐かしいぬくもりに浸るのも良いものだ。
準決勝にコマを進めた愛の若草物語のベスは、控室兼トレーニングルームで汗を流していた。いや、汗だけではない血も流していた。はたから見れば、試合前なのに鞭打つようなトレーニングなんぞ自殺行為と思われるかもしれない。
しかし、ベスは出血こそしているものの深手は負っていなかった。美しい髪の毛は乱れ、大量の汗により髪が首筋、額、頬にくっついてしまっている。男性が今の彼女を姿を見たら、間違いなく美しいと感じることだろう。ピンク色の服も汗でぐしょぐしょになり、皮膚にくっついてしまっている。ラッシュガード等を着て練習すれば良いのだが、実戦で着用する服を着てトレーニングをすることに意義があると思っていた。床は汗で滑るほどの大量発汗、流血はさほどでもなかった。
『シャワーに入ってから…食事よ!』
シャワーを浴び、例によって選手専用のレストランではなく、一般客用のレストランで夕食を摂った。
「このお店のハンバーグ、全種類持ってきてちょうだい。それと、牛乳をピッチャーでね」
「はいはい。いつものね」
注文を取りにやってきた顔見知りのウェイトレスに笑顔で伝えると、卓上のメニューを手に取った。
『カツ丼…?これも美味しそうね。チャーシュー麺。豚肉がたっぷり乗っていて脂っこそうで良さそう…脂こそ命。脂を避けている女子たちの気が知れないわ』
脂っこい料理をしこたま食べてもプロポーションは絶対に崩さない。多くの女子を敵に回すような台詞を心の中でつぶやきながら、メニューを楽しげに眺めていた。
病弱だったけれど、私は猩紅熱を克服した。それから、運動もするようにしたし、食事も肉をメインに変えた。原作の私は大変だったと思う。お父様が菜食主義者だから、肉どころか牛乳やチーズですら、子どもたちにあまりやらなかったみたいだし。
ベスはテーブルに並んだハンバーグを次々と平らげていく。
『「チーズINハンバーグ」にガーリックソースを合えると、気絶するほど美味しいわ!ラザニアとリゾットもとっても美味しいけど…これって飲み物よね?』
これだけ脂っ濃いものを食べたのだから、翌朝は胃が持たれて仕方ないのが一般人だが、ベスは違った。
T・K・G
翌朝6時半に起き、身支度を整えてからホテルのレストランへと向かった。ホテルと言ってもトーナメント選手たちが宿泊しているホテルのレストランではない。一般客が宿泊しているホテルのレストランである。
ホテルのフロントで鍵を預けている時、ラウンジで朝食を摂っている三人娘が目に入った。
「あれは…カトリ。良かった。ケガが治ったのね」
一人はアンネット、もうひとりは…赤毛でとても可愛らしい女の子アニタだ。ベスは「ロミオの青い空」と原作「黒い兄弟」が大好きで、中でもダンテが大のお気に入りだった。アニタのことも当然知っていた…話したことはないけど。是非話してみたいし、アニタと仲良くなればダンテ君を紹介してもらえるかもしれない。体は十分健康になったけれど、まだ内気な面も残っているのだ。
「ねえ、そう言えば、私達って牧場系女子よね」
「せっかくだから3人でユニットを作りましょうよ!」
アンネットのつぶやきにアニタが応える。カトリは真面目な表情でユニット名を考えているようだ。
「じゃあ…『牧場モーニング娘』はどう?」
「う~ん…モーニング娘とかぶるしなぁ…このユニットって引退した後みんなグッドモーニングじゃないから、あまり縁起の良い名前じゃないわね」
カトリの案にアンネットは同意しかねた。
「カトリ先輩、ネーミングセンスが古いっスよ!もっと時流に乗ったネーミングが良いですよ。『MKB(牧場)』ッス!」
3人共ワイワイ楽しそうだが…今話しかけたら、おかしなユニット名の話題に飲み込まれそうだ。
そんなことはどうでもよい!私は今、朝食を欲している!
一般客が宿泊しているホテルに到着した。朝食の1500円バイキングを注文。自分にとってここでのメインは米と卵。
『日本では…炊いた白米に生卵を乗せて食べるという食文化があるらしい。西洋料理は大好きだけど、せっかく日本に来たのなら日本食を食べたい』
刺し身、天ぷら、お寿司、蕎麦…などなどあるそうだが、最もシンプルであり、日本人に親しまれた朝食を食べている名劇キャラはいない。外国人観光客でこの料理の存在を知っているものは決して多くはないだろう。
『食通のわたしは違う!』
トレーを手に取り、配膳をしているスタッフに声をかけた。
『普通のお椀じゃ小さくて不便だわ…』
「すみません。ボウルをください」
スタッフは驚いたが、厨房に戻ると大きめのボウルを持ってきてくれた。
「すみません。どうもありがとうございます」
ボウルを受け取ったベスは、おかずが並ぶテーブルを素通りし、大きな炊飯器の前で立ち止まった。
「リンナイの…炊飯器!5升炊き!」
目を輝かせながら、炊飯器の蓋を開けると白米の甘い香りが鼻を付いた。ベスは吸い寄せられるかのように、炊飯器の中に顔を突っ込んでしまった。
「熱っ!!ぐっ…げっほげっほ!ぐぁぁ~目がっ!鼻がぁ!」
むせ返るような湯気を一気に吸い込んでしまい、鼻の中が焼け付くように熱い、目にも入ってしまったので、涙が止まらない。
「お客様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫よ。どうもすみません」
慌てて駆けつけたスタッフに、なんとか作り笑いをしてみせた。
『私としたことがっ!』
恥ずかしさと自分に対する怒りがごちゃまぜになり、勢いよくしゃもじを手にし、炊飯器の中に突っ込んだ。ボウルにワシワシとご飯をよそる。山盛りにはせず、ボウルぎりぎりいっぱいだ。
『まずは味見よね。軽く一杯』
なるべく料理の並んだテーブルに近い席に陣取り、生卵10個を取りに行った。
卵をすべて割り、ご飯の上にのせた。アメリカでは…私の時代では、生卵を食べるなんて滅多になかった。田舎で生まれたての生卵を食べることはあるのだろうけど…少なくとも私達は食べたことはなかった。
『卵とご飯をかき混ぜる!』
最近、箸を多少使えるようになってきたが、やはりここはスプーンだ。
黄色くなるお米。
『これは…ターメリックライスを思い起こさせてくれる。食欲を更に掻き立ててくれる色味ね』
スプーンに卵が混ざった白米をのせ、口に入れる。
!!!!
「これが…!T・K・G(たまご かけ ごはん)!!!」
『熱々のご飯に生卵独特のとろみと甘みがマッチして、極めてシンプルな組み合わせなのに奥深い味わい…!五臓六腑に染み渡るぬくもりっ!!!これがジャパニーズTKG(たまごかけごはん)!!!!』
ベスは夢中でご飯を掻き込んだ。
『これは…食べ物じゃあない!飲み物よ!』
ボウルの3分の2を平らげたときだった。
『そうだ!ソイソース!日本の醤油があるじゃない!日本人が卵かけご飯を食べる時に入れていた調味料!』
テーブルにあった醤油を手に取り、残ったご飯の上に一回しする。
軽く混ぜてから、パクリ。
「んんんん~~~~!!!!」
思わず唸ってしまった。
『ハンバーグも美味しいけど、ステーキも良いけど!お米という体に良い炭水化物の塊たちに、生卵をかけただけでも十二分に美味しいというのに!醤油をかけたら、旨味が数倍にっ!!!』
残りをあっという間に平らげ、再び5升釜の前に立ち、今度はボウルに山盛りのご飯。卵20個を叩き込む。
醤油を少しかけた部分、卵がかかっただけの部分。日本人は、漬物をご飯の上に乗せて食べている。きゅうりの漬物、なす、梅干し、高菜など…全種類をTKG(卵かけご飯)の上に乗せた。
『なんてことっ!!美味い!美味すぎるわ!『黄金のタレ』って生卵のことだったのかぁ!!』
頬張りながら、顔を天井に向け目をつむった。涙が頬を伝う…。
『幸せ…』
「あれ?もしかして彼女はエリザベス・マーチじゃないか?」
アンジェレッタと一緒に朝食を摂っていたアルフレドはつぶやいた。
宿泊先のホテルの料理は豪勢で美味しく、食べ飽きることはなかったが、アンジェレッタがたまには一般客が泊まるホテルのレストランで食事をしてみたいと言うので来たのだ。
「本当だわ。ちょっとベスさんに挨拶してこよっと」
アンジェレッタが席を立ちかけると、アルフレドは慌ててアンジェレッタの手首を抑えた。
「あんなにたくさん食べているところを知り合いに見られたら、ベスもちょっと恥ずかしいんじゃないかな?それに…なんだか一人の世界に居るようだし…」
アンジェレッタは意外そうな顔をした。
「そんなものかしらね?」
「ご飯を食べ終わってから話しかけてみようよ」
「じゃあ…アルフレドは、私がご飯をたくさん食べている姿を見るのは嫌?」
アンジェレッタは笑顔を浮かべながらアルフレドを見つめた。笑っているけど、本当に心配しているようにも見える。
「ふふふ…たくさん食べる君が好き」
「え?」
「大好きだよ。君が健康になって、元気に食事している姿を見ている時、僕がどんなに幸せか、君だってわかっているはずだろ?」
「ああ、アルフレド…」
2人は仲良く食事を取りに行き、ベスの近くを通ったが、彼女は全く気づいていない。卵かけご飯にサバや鮭の切り身を乗せ、幸せそうに食事をしていた。
『ご飯をメインに食事をするのを良いものね…ハンバーグや肉とは違った満足感だわ…』
ベスは食後のデザートを頬張りながら思った。
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