「ガロフォリ親方は出かけました。あと二時間しないと戻りません」
ガロフォリのアジトに住む10歳くらいの男の子を発見!
この子は一体何者なんだ…?

彼は、レミがひと目見ただけでも驚くような異様な姿とのことです。
胴体がない。
不釣り合いに大きい頭。
何年か前に流行った漫画のキャラにそっくり。
しかし、その顔には深い苦しみと優しさをたたえ、目には諦めが、表情全体には絶望が漂っていたという。
こんな体つきだから、美しいとは到底言えない。にもかかわらず、その濡れた大きな目は犬の目のように優しく、唇は表情豊かで、何とも言えない魅力があり、相手の目を引きつけ、心を捉えて離さないのだ。
この描写…もちろん、すでに大人になったレミが語っているのですが、当時もこのような感覚でこの男の子を見たはずです。一瞬にして見抜いたレミの眼力。ヴィタリスとの旅で揉み揉まれて来ましたから、人物の真贋を見極める目は、当時の平均的な50歳男性よりもあったと思われます。
この少年は何者なのか?
イタリア人。
ガロフォリ親方は、この少年のおじである。
母親はやもめ。6人の子供がいて、この少年は6人兄弟の長男。
ガロフォリは6人の中でも可愛いレオナルドを連れていきたかったが、母親が頑なに拒否。
母親『マチアは長男なんだから、誰か一人行かなけりゃならないとなれば、行くのはマチアさ。神様がそうお決めになったんだ。神様のきまりを変えることは、あたしにはできないよ』
なにっ!?
マチアだと!?
家なき子のメインキャラが登場!しかも中巻の序盤での登場なので、今後の活躍に期待大です。
マチアの凄惨な日々
マチアがひたすら喋ります。
マチアのそばには、暖炉にかけられた南京錠付きの鍋が煮立っています。親方がマチアに食べさせないようにとのこと。レミもこの行動を全く理解できず。私にもわかりません。
マチアを引き取った親方のガルフォリは、他にも10人ほどの子供を連れてパリにやってきました。体の頑丈そうな子は暖炉職人か煙突掃除の親方のもとで働かせ、力仕事に向かない子は路上で歌を歌わせたりしていました。マチアはビエロを弾いていましたが、醜い子供ということで、ろくに稼ぐことができず。白ネズミ2匹を使って一日30スー稼ぐよう命じられましたが、それでもうまく稼げませんでした。
30スーに満たなかった分は、体で支払わされます。10スーしか稼げなかった場合、20発棒で殴られます。マチアは恐怖というプレッシャーを与えられても、ノルマをこなすことができず、常に棒でぶん殴られていました。マチアには痛みが通じないとわかるや、今度は食事を減らされてしまいます。マチアはなんとかノルマをこなそうと、ひもじい格好ややせ細り栄養不足となった青白い姿を通行人にさらすことで、お金や食べ物をもらっていました。
これではまるで物乞いです。
果物屋のおばさんから食べ物をもらっている所をガロフォリに見られてしまい、部屋に閉じ込めて炊事洗濯などをさせているとのこと。食事を与えず、つまみ食いしないよう鍋に南京錠をかけ、美味しい匂いでマチアに苦痛を与えるという拷問。よくもまあ、このような拷問を思いつくものです。
ガロフォリが紹介する仕事に、究極のブラック仕事「煙突掃除夫」がランキング。煙突掃除の恐ろしさは「黒い兄弟」をお読みください。欧州ならどこにでも煙突があるので、このような子供達は使い捨てのように使われていました。
ひどい病気になれば、入院できるか、死ぬか。死ねば腹は減らないし、死んだ人間は天国に行ける。天から国にいる家族を見守ることができる・・・。
マチア…顔色がすごく悪いけど、本当に病気なのか?
しかも、どこかで聞いたようなセリフじゃないか。
「わたしが天使になった時、あなたのことをいつまでも見守ってあげるわ」

気が滅入ってくるような話はまだまだ続きます。続くどころか内容はさらにエスカレート。
「俺はひどく青い顔の方がいいんだ。それは病気だってことだもの。病人になりたくてたまらないんだ」
病気になれば入院して飲食には困らない…「浦安鉄筋家族」の『仁ママ』みたいな思考になっています。
以前入院したことのある「サント・ウージェニー病院」では、先生がよく大麦糖の飴をくれたこと、それに修道女たちが優しく話しかけてくれたことを語りました。
「俺は優しく話しかけられるのが好きさ。泣きたくなる。泣きたい時は幸せになるんだ。修道女たちは母さんと同じ話し方をしてくれる。言葉は同じでなくても、同じ音楽なんだ。それから病気が良くなると、美味しいスープやぶどう酒もでるし。おれはここで、食べさせてもらえなくて、ひょろひょろしてきた時は嬉しかったね。『もうじき病気になる。そうすればガロフォリは、俺を病院に入れるだろう。』と思ったんだ。そうさ、病気だよ。ところが、俺地震は苦しくて病人のつもりでも、ガロフォリが気にするほど病気じゃなかったってわけ。あいつはおれをそのままここに置いているんだ。不幸な人間て、ちょっとやそっとじゃ死なないものなんだね、驚いちゃうよ。ありがたいことに、ガロフォリはおれをぶんなぐる習慣もやめなかった。あいつは一週間前にこっぴどく俺の頭を棒で殴った。この白いこぶ。きのうガロフォリは、これは腫瘍かもしれないって言ってた。おれは腫瘍ってなんだか知らないけど、ガロフォリの口ぶりからすると重い病気何だと思う。髪の毛の付け根が、ズキンズキンと、歯痛の時よりも猛烈に痛む。頭は五十キロもあるかと思うくらい重たい。めまいがする。頭がぼーっとなる。夜、眠っているときでも、どうしてもうめいたり叫んだりせずにはいられないんだ。だからきっと、あと2,3日したら、ガロフォリも病院に入れる気になると思う。あの時殴られて良かったなぁ!ところでどうだい、正直言って、おれはひどく青い顔をしている?」
レミも読者もドン引きです。
このままでは殺されてしまいます。読んでいて鬱々とした気分になってきます。現実逃避がまさかの入院。精神を破壊されてしまった栄養失調で病気のマチア…。
外見も中身もアニメとは全く違いますね。

アニメではガスパールにひどい目に合わされながらも反抗的な態度でしたし、子供達からも兄貴分として信頼されていました。イケメンで、しかも、レミのダーリンになれて本当に良かった…。
ガロフォリとリカルド
ガロフォリが抱えている子供達十人が帰宅。
中には30スー、40スーのノルマをこなせなかった者たちがいます。
待っているのは鞭打ちの刑。
ノルマに満たなかった分殴られます。1スー、2スー、中には4スーも足りなかった子もいます。ガロフォリ自ら鞭打つのではなく、彼お気に入りの子供に鞭を打たせようという魂胆です。
「リカルド、可愛い坊や、おまえは良い子だから、ひと遊びさせてやろう。革ひもを持っといで」
鞭を打たれる子たちを見て、笑う子供達。

三度目の鞭を受けた子供が悲鳴を上げる…
「鞭がお前の背中を引き裂くとすれば、お前の悲鳴は俺の心を引き裂く。わしが辛くて病気になるようなことはするな。少しは考えろ。さあやれ!リカルド!」
リカルドがさらに一撃。
「ママ、ママ!」
悲鳴を上げる子供…。
ガロフォリのシーンは読んでいるだけで気分が悪くなります。これが当時のパリや欧州のリアルだったのでしょう。それにしてもリカルド…「家なき子レミ」では、子供達の副リーダー的存在で、ちゃっかりレミに惚れたりもして、良いやつだったのですが、原作では完全にガロフォリの操り人形のようになっております。リカルドの感情表現やセリフもない。そして、子供達を打つ時も全くためらいがなく、非常に不気味なイメージでした。
これ以上ひどい暴行が続くのか…、
その時、ヴィタリスがやってきました。
警察に言うぞとガロフォリを脅しますが、ガロフォリは逆にお前のことをある連中に告げ口してやるぞと脅し返し、ヴィタリスはレミを連れて退散。
ヴィタリスの過去には何が?
彼の過去はちょっとだけ気になりますけど、なぜガロフォリなんぞにレミを預けようとしたのか?山のフドウではあるまいし、昔はいい人だったなんて話が通るような人間ではありません。
「家なき子レミ」では、このような子供達に光と希望、夢を与え、辛くてもみんなで助け合っていく。レミの真っ直ぐな生き様を見せたり、暴力を受ける子供を守ってあげたりして、子供達の心を浄化していきました。
しかし…原作版の子供達を救うのは無理だと思います。
もともと生粋の不良などではなく、歯向かわないおとなしい子たちを、ガロフォリが無理やり連れて来ただけです。恐怖と暴力、そして、飢餓によりマインド・コントロールされている様子が描かれています。読んでいて非常に恐ろしく不快な気持ちになりますが、当時の現実として読んでいると、家なき子の物語の重厚感が増します。当時の子供に人権なんてなかったというのは、世界名作劇場の原作を読んでいれば嫌でもわかってしまいます。ガロフォリがこれだけあくどい商売を堂々と行っていることは、バックがあることでしょうから、ヴィタリスがいくらここで口論しても、子供達を救うことはできなかったはず。
さて…
大好きなマチアだったので、かなり長くなってしまいました。
雪中行軍あたりから、私のヴィタリスへの不審と不満、そして怒りが溜まってくるのでした。





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